「明日(午後)2時に勉強しに行っていいですか?」
学校は昨日終業式でしたね。
桐光では受験生の勉強会なども特に指示していませんでしたが、
ある受験生が前日にこう尋ねてきました。

「きりのいいところなので(勉強を)終わります」
これまた違う子が、予定時刻の5分前に自主勉を切り上げた時の言葉です。

学調が終わったので、今日は自主勉をお休みしました」
これもまた先日中3のだれかが言った言葉。

出来るだけ勉強に集中した環境に身を置き、
《寸暇も惜しんで勉強しないといけない》
《目標達成のために全力で頑張ろう》
そういう自覚がある子は行動に現れます。
私たち桐光教師は夕方以降、様々な学年の指導にあたっているので、受験生たちが私たちに質問するにはそのタイミングと時間を見計らうのが難しいのです。先生にちょっとでも空きがありそうだと見るやすぐに「先生今いいですか?」「採点してもらっていいですか?」と声をかけてくる受験生がいる一方、こちらから声をかけない限り、独自の採点で済ませていたり、本当は理解していないのに理解したつもりで進めている子もまだいるでしょう。質問したり、解き直しをするのには時間がかかりますから。いわゆる面倒くさいというやつですね。
だから、
やるべきことを出来るだけ減らしたいと思う子は、
指示された内容にさえも縮小解釈を加え、
❝自分のルール❞という大義のもと、すべき行動を減らすのが得意になっていきます。

受験勉強に無いのはフライングだけではありません。
本来、
その子が勝手にかける心のブレーキが無ければ、
可能性(希望)を拡げる努力にも限界は無いのです。

もうかれこれ15回も高校入試の合否を、
受験生それぞれの悲喜交々を目の当たりにしましたが、
合格発表のときに号泣している子の、
うれし涙と悲しい涙の区別はつきません。
遠目に見ているだけでは、どっちだかわからないのです。
きっと、
合格と不合格の点数の差も、同様にほとんど無いのだと思います。
それほど微妙な合否の差を分かつのは、
こういう心のブレーキを何度、何時間かけたかかけなかったかということが影響するのです。ちょっと合格は厳しいかなと思う子で合格した子は、みんな私が尊敬したくなるほど頑張っていました。

桐光の時間割はあくまでも桐光の授業の区切り。
受験生にはもともと《合格までの時間の区切り》など無いのです。
だから土日だって朝から勉強できるし、夜も何時までやるのも自由。
桐光の授業の前、早く着いたら勉強して授業を待つこともできます。
桐光の授業の後、計画的居残りで自主勉もする自由もあります。

志望校合格に必要な偏差値に、
今の実力(学力)がまだ足りていない子はたくさんいます。
やる気があれば、時間もやるべきこともまだ作り出せるはず。

やるべきことに本気!
そういう受験生には、私の本気を2倍にしてサポートしてあげます。


IMG-PHOTO-ART--736367093